前回は地名を聞いただけで誰もが「それ、有名な温泉じゃねえか!」と断言できるところの紹介だったので、今回は「……ゑ? そこ、温泉だったの?」と誰もがちょっと驚くところを紹介します。
鳥取県最大の観光地
さて、読者のみなさんは「鳥取県内で訪れる観光客が一番多い、最大の観光地」はどこだと思いますか?
多くの方が名前を挙げるのは恐らく“鳥取砂丘”ではないでしょうか。鳥取県の東部、鳥取市の北東に位置する鳥取砂丘は確かに日本有数の規模を誇る広大な海岸丘陵として全国的に有名1です。しかし、実は近年、鳥取県内で観光客が一番訪れる最大の観光地は鳥取砂丘ではありません。令和六年に鳥取県がまとめたデータで年間訪問観光客数が約 503,000 人だった鳥取砂丘に対して、実に898,000 人(およそ六割増し)の観光客が訪れた観光地が他にあるのです。
それは県西部、境港市にある“水木しげるロード”です。境港市出身のまんが家、故・水木しげる氏にちなんで JR 境港市から東に向けて続く通りに、氏が描いた妖怪を緻密に立体化したブロンズ像が二百体近く設置されたそこが、日本国内だけでなく、世界中から妖怪ファンが集まる“聖地”になっているのです。何しろ氏は日本に於ける妖怪まんがの第一人者とされていて、圧倒的な知名度を誇ります。妖怪研究の識者たちの間で日本国内に数多存在する妖怪の中で最強の総大将が“ぬらりひょん”とされているのも、「水木しげる先生がそう決めたから」が大きな論拠の一つになっているくらいです。“妖怪まんが”というジャンルに限れば、テレビアニメ六期、劇場用アニメ映画十一作、実写版のテレビドラマやビデオ作品などマルチメディア展開されまくっている“ゲゲゲの鬼太郎”という水木しげる氏の代表作には、残念ながら“地獄先生ぬ〜べ〜”も“ぬらりひょんの孫”も全く敵わないでしょう。
水木しげるロードへの玄関口
その“水木しげるロード”の玄関口となる JR 境線の駅、境港駅に降り立つと、駅舎左手には“みなとさかい交流館”という巨大な観光案内施設があります。ここには境港市の観光案内所はもちろん、日本海の向こう、隠岐諸島へ向かう隠岐汽船のフェリーターミナルや“鬼太郎妖怪倉庫”というお化け屋敷まで、様々な施設がテナントとして入居しています。

一方、視線をやや右前方に向けると、そこには周囲とは独立して、巨大なビルが一棟、屹立しています。そここそが今回ご紹介する温泉宿、天然温泉 夕凪の湯 御宿 野乃境港です。
市内最大の高層建築

境港市がある弓ヶ浜半島は元々、鳥取県西部を流れる日野川の河口のそばに伸びた砂州で、数百年前までは独立した島でした。それがたたら製鉄の発展に伴ってその原料である砂鉄を入手するために日野川へ大量の土砂が投入されて、河を流れ下ったそれが美保湾の海流によって島根半島の陰に集まり、その名の通り弓状の半島を形成したのです。そのため、弓ヶ浜半島の地勢は全体に平坦で、地盤も軟弱な砂の層で構成されています。当然、しっかりした基礎が必要な高層建築に向いた場所とは言いかねます。そのため、この温泉宿は市内で唯一の十階を超える高層ビルとなります。
料金とサービス
この施設は“温泉宿”を名乗っている通り、宿泊が主な利用目的となるところです。しかし、駅側に面して無料で利用可能な足湯があったりします。

また、施設内最上階の十二階にある大浴場を日帰り入浴で利用することもできます。
日帰り入浴サービスは“朝風呂”と“昼風呂”の二種類に分かれており、それぞれ利用可能日や利用可能時間、料金などが異なります。
サービス | 利用可能日 | 利用可能時間帯 | 最終受付時刻 | 利用料金 |
---|---|---|---|---|
朝風呂 | 月〜金、土 | 6:00〜10:00 | 9:00 | 大人800円 |
昼風呂 | 月〜金、日 | 15:00〜18:00 | 17:00 | 大人1,100円 |
今回、私は日曜日の午後四時頃に“昼風呂”を利用しました。 1F のフロントで利用料金を支払って受付を済ますと、スタッフから一枚のメモを手渡されます。大浴場の入り口にはセキュリティが設定されており、メモに記載されたセキュリティコードを入り口横のテンキーから入力しないと中に入ることができなくなっているのです。また、受付/ロビーのある 1F から大浴場のある 12F まではエレベーターで向かうのですが、 2F〜11F までの宿泊階でエレベーターのケージを停めるにはルームキーのカードが必要になっています。もっとも、エレベーターに乗るのが宿泊客と一緒のタイミングになってしまうと、途中で降りることができてしまうのですけれど(わたしも間違えて宿泊客と一緒に 5F で降りてしまい、エレベーター扉が閉まる直前に慌てて戻りました 😅 )

浴槽
12F でエレベーターを降り、セキュリティコードを入力すると、ようやく大浴場となります。境港市内随一の高さを誇る大浴場の窓から外を見渡すと、視線を遮るものはほぼありません。遙か彼方に大山を遠望することができ、弓ヶ浜半島全体を大きく見渡すことができます。平屋や二階建て程度の民家が広がり、大きく目立つランドマークは島根県との県境に当たる、“ベタ踏み坂”で有名な江島大橋くらいしかありません。
大浴場は既に述べた通り、高層ビルの 12F にあるのですが、内湯の他にしっかり露天風呂も備えられています。また、内湯から露天風呂へ向かう途中にサウナと水風呂もあります。源泉はアルカリ性の低温単純泉とされているようですが、近くにある皆生温泉と同じく海のすぐそばで汲み上げているせいか、塩みを含んでいる気がします。内湯、露天風呂ともオーバーフロー式になっているので、透明な湯は清潔です。露天風呂からももちろん、境港市の風景を一望できます。市内にはここより高い建物は存在しませんから、よそから覗かれる心配もありません。自分のボディが魅惑的でなくても安心ですね(マテ)
他施設
野乃境港は温泉宿なので、入浴するだけでなく、宿泊することが可能です。全国展開しているドーミホテルグループが運営している施設ですから、そのサービス品質は折り紙付きです。また、夕食タイム(17:00〜21:00)であれば館内にあるレストランを利用して食事を取ることができます。さらに、前述したすぐ近くの観光案内施設、みなとさかい交流館にはテナントとして回転寿司のお店が入居していますから、そこで日本海の味覚を堪能するのもアリでしょう。
なお、施設内の駐車場は宿泊客専用となっていて、日帰り入浴だけの人は利用できません。ですが、すぐ裏手に境港市営の境港駅前駐車場がありますから、格安に駐車することができます(利用料金は一時間で 100 円)。
鬼太郎の町
因みに現在水木しげるロードになっている場所は三十年ほど前までは寂れに寂れたド田舎の単なる商店街で、本当に妖怪が出そうなところでした。その事態を憂えた地元の観光関係者が水木しげる氏にちなんで妖怪をテーマに売り出すことに決め、妖怪のブロンズ像設置をはじめとした観光施策を繰り返し打つことで、現在の隆盛があります。 NHK の朝のドラマで水木氏の細君、布江さんをモデルにした「ゲゲゲの女房」が放送されるなど、追い風もありました。また、米子市と境港市との境界にある米子空港は対外的には米子鬼太郎空港を名乗っています。空港の公称にまんがのキャラクターを使用しているのは、ここと鳥取砂丘コナン空港2くらいしかありません。そのくらい鬼太郎推し、水木しげる推しを徹底しているのです。おかげで、境港市はズワイガニ水揚げ日本一の漁業の町というイメージの他に、“水木しげると鬼太郎の町”というイメージを定着させることに成功したのでした。
なので、境港と温泉とはなかなか結びつかないと思いますが、「そんな境港にも、温泉はあるんだよ」というお話でした。更に言うと、実は境港市内には別にもう一か所温泉施設が存在しているのですが、そのお話はまた別の機会に。
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